久米島ウミガメ事件は防げたか。その課題を考察する
こんにちは。管理人です。
報道で知られているところではありますが、久米島町真謝の海岸で、30匹以上の刃物のような刺し傷のあるアオウミガメが瀕死の状態や死骸で見つかった(一部の漁業者により駆除される)という痛ましい事件がありました。
このような痛ましい事件につながった原因は「立場の違う人たちの連絡調整不足」あったのではないかと筆者(管理人)は推察しており、今後、同様の事件につながらないためにも、考えていることや調べたことを整理したいと考えています。
ウミガメを保護する立場と海を利用する立場
まず本件で気になることは
・ウミガメを保護したい立場(ウミガメ館など)
・漁業被害を訴える立場(漁協)
の2つの勢力があるということです。
沖縄本島から西に約100kmに位置し、黒潮本流に近い豊かな海を持つ久米島は、マグロ類や「海洋深層水」などの漁業資源が豊富な島として知られています。
自然豊かでクメジマボタルやキクザトサワヘビなど固有種も生息している環境でもあり、自然環境保護施設の「久米島ホタル館」や、今回の件にも関係する「久米島ウミガメ館」が設置されています。
アオウミガメは絶滅危惧種(環境省レッドデータブック:絶滅危惧II類(VU))とされ、久米島に限らず各地で保護活動が行われており、産卵地である砂浜の保全や、漂着ゴミを誤って食べないようビーチクリーンも盛んに行われています。
一方、沖縄県内、また、日本国内各地で見られるように、久米島にも漁協(久米島漁協)が存在しています。漁協は漁師(海人:うみんちゅ)の集まりであり、漁業で生計を立てています。
ウミガメ類はかつては食用やはく製の材料として漁業の対象となっていましたが、資源保護の観点から漁業調整委員会指示により捕獲頭数が制限され、採捕は承認制となっています。
しかしながら近年ではアオウミガメの頭数が増えているとされ、久米島でも養殖モズクなどの食害が発生。頭を悩ませる存在となっていることが各地の関係者から漏れ聞こえてきます。

また、聞き伝えからの推測でしかありませんが、専門的な知識を要する保護側の立場には島外の人が多くなりがちで、一方では親族から引き継ぎがちな漁業者は島内出身者が多いようです。小さな島特有の軋轢を生みやすい環境であった可能性もあります。
アオウミガメの保護の根拠
SNS等では「アオウミガメは絶滅危惧種などで獲ってはいけない」とする声がありますが、実は絶滅危惧種の動物であっても捕獲したり、食用等に利用することはできます。
たとえば日本人が好むウナギ(ニホンウナギ)も絶滅危惧種(環境省レッドデータブック:絶滅危惧IB類(EN))です。
沖縄の釣り対象魚となっているオキナワキチヌ(チンシラー)や、鮮魚店などで流通するリュウキュウドロクイ(アシチン)も、沖縄県レッドデータブックによると絶滅危惧種とされています。
捕獲、採捕の規制の有無は条約や法律、都道府県や市町村条令によります。
新聞報道等で伝えられているとおり、アオウミガメの採捕は漁業法によるもので、漁業法を根拠に各地で設置されている「漁業調整委員会(沖縄県海区漁業調整委員会)」の指示が、ウミガメの保護(承認制度や捕獲枠の設定)の根拠となっているようです。
なお、関連しそうだけど本件アオウミガメは対象外という条約や法律等を、思いつく限り列挙してみました。
- ワシントン条約(※国際取引を伴わない日本国内案件のため適用外か)
- 動物愛護法(愛玩動物…ペットが対象であり、野生のウミガメ類は適用外)
- 鳥獣保護管理法(爬虫類のウミガメは鳥獣…つまり哺乳類、鳥類ではないので適用外。なお、有害鳥獣捕獲や狩猟も範疇となるので保護ばかりの法律ではない。)
- 種の保存法(リストの対象外のため適用外)
- 文化財保護法(天然記念物を定めている法律。アオウミガメは国や沖縄県、久米島町の天然記念物ではないので適用外)
- 沖縄県希少野生動物保護条例(ウミガメ類は適用外。また、久米島独自の条例はない。)
なお、参考までに絶滅危惧種でも捕獲可能なニホンウナギのうち、幼魚の「シラスウナギ」は漁業法で規制されていて、一般の人が捕獲すると3年以下の懲役または3,000万円の罰則があります。また、密漁にあたるため前科が付くことがあるそうです。これは反社会的勢力や外国人による密漁を防ぐために、70年ぶりに漁業法が改正され罰則が強化されたとのことです。
漁業調整委員会指示で「採捕」について定めている
保護の根拠となるウミガメ類に関する漁業調整委員会の指示を読み解いてみたところ、ウミガメを駆除したとされる漁師は「漁業に関するルールを大変熟知している」または「無知で感情的かつ突発的な行動をとってしまった」の両極端であるように感じました。
というのも、漁業調整委員会指示では「採捕」に関してのルールを定めていますが、今回は殺して放置しているため採捕に当たらない。つまり、漁業調整委員会指示に違反していないという見方もできるためです(※倫理的問題は別の話です)

なお、漁業調整委員会指示では年間のウミガメ捕獲枠が定められていて、漁業調整委員会の承認を受ければ捕獲枠内で採捕することは可能です。
また、調査研究は捕獲枠には含まれないため、漁業調整委員会の承認を受ければその数に制限なく採捕できます。
漁業調整委員会のウミガメ捕獲の実績を調べると、近年は「試験研究」の数量が著しく増えていることがわかります。
試験研究名目で増やす取り組みがなされていたならば、「近年アオウミガメが増えている」という事も納得できます。
法的に完全な保護をすることは難しい。
ウミガメを保護したい人の中には、いち早く漁業法以外の法的措置で保護すべきと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、法的に完全な保護をするのも難しいという事情もあります。
たとえば沖縄県または久米島町がウミガメ類を天然記念物に指定したり、県希少野生動物保護条例や久米島町独自の条例でウミガメ類を捕獲禁止すれば、誰も採捕できなくなり、傷つけることもできなくなります(※漁業や釣りなどで混獲した場合は、できるだけ傷つけないように逃がす必要があります)。
しかし「養殖物への食害」や、西表島で発生しているような食害による藻場の消失が起きても、法律や条令により保護されているため手を出せなくなるため、見守る以外の対処が非常に難しくなります。
特に広い海域を遊泳する生き物ですから、別の場所に移動してもまた餌を求めて戻ってくることも考えられます。
網で囲うなどの対策も考えられますが、強力な台風の通過場所となっている沖縄では設備が破損するおそれがあります。破損した設備の流出はゴミとなり、また、船舶や漁具等への二次被害を与える危険もあります。
沿岸にウミガメ類が増えたためにこれらを捕食するイタチザメなどが近海に寄ってしまい、ビーチが閉鎖される(=観光業に影響)という懸念もありそうです。ウミガメ類は観光資源にもなりえますが、それが原因で観光業にマイナスの影響を与える可能性もゼロとはいいがたいわけです(ウミガメを保護するためにイタチザメの駆除が進む、なんて事もありえそうです)。
ウミガメを保護対象として法律や条令に取り入れるためには大変な労力が必要ですが、法律や条令から除外することは、それ以上に大変な労力が必要なのです。
食害等が起きても誰も手出しできないとなれば、今回のような痛ましい事件が起きたり、密漁が横行するなどの問題につながってしまう恐れもあるため、安易に保護対象とすることは好ましくないと筆者は思います。
数字(捕獲枠等)は適切だったか
今回の事件に関して漁業者の肩を持つわけではありませんが、一方的な保護施策が生んだ悲劇のように感じます。
自然界においては何かが増えれば、餌となる生き物や住処を追われた生き物が減るという現象は多々あります。人為的な原因が伴うと、より大きな影響を与えてしまいがちです。
たとえば那覇市と豊見城市の間を流れる国場川下流の湿地(漫湖)では、水質浄化を目的にボランティアが植えたマングローブが増えすぎたために水鳥の飛来数が減った可能性があるとして、マングローブの伐採や稚樹抜き作業が行われています。

水鳥が減った原因は周辺からの土砂流入による泥質の変化など、他の原因も指摘されていますが、マングローブ林に土砂が溜まることにより陸地化が進むなどの問題も起きています。陸地化が進めば、泥干潟を利用していた生物が追いやられることになります。単純に白黒つけられる分野ではないのが自然環境のバランスなのだと筆者は思います。
沖縄の釣りで人気のある「ロウニンアジ(ガーラ)」についても同様な事が起きているようで、一部の釣り人からはキャッチ&リリースをするなど大切に扱われていますが、他の水産物を食い荒らす害魚となってしまい、定置網等で(意図的に)捕獲しているらしいという話も耳にします。
個人的には餌となる小魚を増やす取り組みが必要だと感じていますが、どうしても興味のある生き物に目がいきがちです。
ウミガメ類については水質悪化や自然海岸の減少、ゴミ等の流入、乱獲など人為的な原因により減少していたことは間違いないでしょう。
一方で保護が進み、数を増やしているアオウミガメに関しては、今後も積極的な保護繁殖に務める必要があるのかという疑問はあります。
そもそも、自然に生息している生き物の数をどうやって把握しているのか…個人的には最大の謎でもあります。サンプルから統計学的に把握しているのだと思いますが、そのサンプルに誤りがあったり、都合のいい数字が独り歩きしている可能性はないのでしょうか。
参考程度ですが、私は釣り人なので「肌感覚」を大事にしています。
たとえば海鳥が減った。ベイトフィッシュ(餌となる小魚)が減った、ベイトボール(小魚の群れ)が小さく、薄くなった。川にクロダイ類やユゴイ類が増えた、などといった具合です。
感情的にならない協議の仕組みが必要

今回の事件も、「希少種なので保護しなくてはいけない」という感情が優先し過保護にしすぎた結果、食害等による反感を買ってしまったという流れに見えます。
保護の観点の立場と海を利活用して生活している立場では衝突もあろうかと思いますが、どこかで折り合いがつかないと、また同じような問題が起きるのではないでしょうか。
また、このような協議の場では、できるだけ多角的かつ理論的に話す必要がありますが、直感的に受け入れられやすい感情論のほうが広く伝わりやすい事もあります。特にウミガメのように多くの人に愛される動物は、感情的に語られがちです。
感情優先の保護施策により漁業被害への対策が後回しとなった怒りがウミガメの駆除という行動につながってしまったとすれば、真相は感情と感情のぶつかり合いだったと見ることもできます。
このような事態を防ぐため、フラットかつ専門的な意見を提案できる第三者(漁業調整委員会以外の第4者か)の介在が必要と筆者は思います。
しかし、理論的な話ばかりでは一部の理解だけで話が進みがちなので、できるだけやさしい、わかりやすい協議の場が必要かもしれません。
西表島での海草食害の記事にもあるとおり、今後はある程度個体数調整の必要があると思われます。
採捕(食用にするなどして利用)が心苦しいのであれば、たとえば一部産卵場所での見守りや人工ふ化を休止し、自然の流れに任せてみるなどでも将来的な個体数調整はできるのではないでしょうか。このような調整が早く進んでいたら防げた事件だったのかもしれません。
減らすも増やすも人の都合というのがまた悲しいところではありますが、同様な事件を防ぐためにも、改善に向けた協議や動きがあってほしいと願う次第です。